経営戦略論の基礎知識 – 戦略とは何か?
経営戦略論の定義と目的
経営戦略論とは、企業が持続的に成長し続けるために必要な「大局的な方針」を研究する分野です。一般的に「経営戦略」とは、企業が経営目標を達成するためのシナリオを描き、そのために資源をどのように配分するかを決めることを指します。学問としての経営戦略論は、こうした実務の営みを理論的に整理し、より再現性の高い方法論へと昇華させる役割を担います。
ここで混同されやすいのが「戦略」と「戦術」です。戦略は「何を目指すか、なぜそれを行うか」という目的と方向性の意思決定であり、戦術は「どのように実行するか」という具体的な手段です。例えば「新規市場に進出して売上を拡大する」のが戦略であり、「SNS広告を活用して集客する」のが戦術にあたります。この違いを理解することで、現場での混乱を防ぎ、経営判断の一貫性が保たれます。
よくある例えとして、戦略は登る山を決めること。戦術は登り方を決めること。と言われています。登る山を変えるのは大変ですが、登り方は状況に応じて柔軟に変更が必要になります。
戦略が求められる背景(中小企業を取り巻く環境)
かつての高度経済成長期のように市場全体が拡大していた時代には、戦略を深く考えなくても事業が伸びる局面がありました。しかし現代では人口減少や消費者ニーズの多様化、デジタル技術の急速な進展といった要因により、市場は不確実性を増しています。特に中小企業においては、大手との競争や人材不足、デジタル対応の遅れなど複数の課題が同時に押し寄せています。
中小企業庁の調査によれば、日本の中小企業の半数近くが明文化された経営戦略を持っていないとされます。その結果、場当たり的な判断に頼らざるを得ず、外部環境の変化に柔軟に対応できない企業が少なくありません。こうした環境においては、持続的に生き残るために「選択と集中」に基づく戦略策定が不可欠です。
経営戦略の目的とメリット
経営戦略を持つことで得られる具体的な効果は多岐にわたります。代表的なものを整理すると以下の通りです。
- 組織全体が同じ方向性を共有できる(一体感の醸成)
- ヒト・モノ・カネの経営資源を効率的に配分できる(資源配分の最適化)
- 他社との差別化要因を明確化できる(競争優位の確立)
- 経営判断の基準が統一され、意思決定のスピードが上がる(実行力向上)
一方で、戦略がない場合には各部門がバラバラに動き、短期的な成果を追うあまり長期的な方向性を見失うリスクがあります。つまり、戦略は「やることを決める」だけでなく「やらないことを明確にする」ことでもあり、これが企業に持続性をもたらします。
経営戦略の種類とフレームワーク
経営戦略の3つの階層(全社・事業・機能)
経営戦略は大きく三つの階層に分けられます。
第一に全社戦略です。これは企業全体としてどの市場や事業領域に参入し、どこに経営資源を投じるかを決めるものです。例えば「新規事業に進出するか」「海外市場を開拓するか」「M&Aを行うか」といった意思決定が含まれます。
第二に事業戦略があります。これは特定の事業ごとに、どの顧客層をターゲットとし、どのように競争優位を築くかを定めるものです。市場でのポジショニングを明確にし、価格戦略や販売チャネル、商品ラインナップを決定します。
第三に機能戦略があります。これは各部門や機能が事業戦略を支えるためにどのような具体策を取るかを定めます。マーケティング戦略、人事戦略、生産戦略、IT戦略などがこれにあたります。
例えば従業員50名規模の中小企業では、全社戦略は社長が経営方針として示し、事業戦略は主要製品やサービスごとの市場戦略として描かれ、機能戦略は営業部門や人事部門が具体的な施策を立案する、といった形で整理されます。
基本戦略オプション – ポーターの3つの基本戦略
マイケル・ポーターが提唱した競争優位性を確立するための三つの基本戦略は、今でも有効な枠組みとして広く使われています。
- コストリーダーシップ戦略
規模の経済や効率化を通じて業界内で最も低コストを実現し、価格競争で優位に立つ戦略です。大企業でよく用いられますが、中小企業が取るには難易度が高いケースが多いです。 - 差別化戦略
製品やサービスに独自の価値を付与し、他社には真似できない強みで競争優位を築く戦略です。デザイン性や顧客サービス、ブランド力などでの差別化が含まれます。 - 集中戦略
特定の市場や顧客層に資源を集中し、深い専門性で優位を築く戦略です。中小企業が取りやすいアプローチであり、地域密着型ビジネスやニッチ市場で成果を上げやすいのが特徴です。
しまむらは地域と客層を絞った集中戦略で成功しており、中小企業にとっても実践可能性が高い選択肢といえます。また、コスト集中や差別化集中といった組み合わせも有効です。
その他代表的な経営戦略の種類
ポーターの基本戦略以外にも有名な戦略があります。
多角化戦略は既存事業の資源を活かして新たな事業領域に参入するもので、水平多角化、垂直多角化、集中多角化、集成多角化といった類型があります。富士フイルムが写真フィルム事業の衰退を見据えて医療や化粧品分野に進出したのは、多角化戦略の成功例です。
ブルーオーシャン戦略は既存市場での競争を避け、競争相手が存在しない新しい市場を創出する戦略です。任天堂のWiiは「体感型ゲーム」という新市場を築き、従来ゲーム機とは異なる顧客層を取り込んだ事例として知られています。
経営戦略策定に使えるフレームワーク集
戦略立案を支援する分析フレームワークには以下のようなものがあります。
- SWOT分析:強み・弱み(内部要因)、機会・脅威(外部要因)を整理する
- PEST分析:政治・経済・社会・技術の観点から外部環境を把握する
- ファイブフォース分析:業界の競争環境を5つの要因で分析する
- VRIO分析:企業資源が価値・希少性・模倣困難性・組織活用性を持つか評価する
- バリューチェーン分析:企業活動を分解し、どこで価値やコストが生じているかを確認する
中小企業が活用する場合は、まずSWOTやPESTといったシンプルな枠組みから始め、徐々に応用的な分析に進むのが現実的です。フレームワークはあくまで手段であり、重要なのはそこから洞察を得て戦略に反映させることです。
戦略策定ツール – Growth Booster式チェックリスト
戦略策定のプロセスを効率化するために、Growth Booster独自のチェックリストを提示します。これは戦略を考える際の問いを整理したもので、実務にすぐ活かせるよう設計されています。
経営戦略策定7つの質問
- あなたの企業のミッションは何か?
- 業界における主要な機会と脅威は何か?
- 自社の強みと弱みはどこにあるか?
- どの市場に集中すべきか?
- 競争優位を築く手段は何か?
- 成長のために必要な資源は何か?
- 成果を測定するためのKPIは何か?
これらの問いに答えることで、戦略の方向性が整理され、組織全体で共有可能な計画に落とし込むことができます。
経営戦略の実践事例
ケーススタディ①:クラウドワークスの事業拡張戦略
クラウドワークスは、日本最大級のクラウドソーシングサービスを運営する企業です。フリーランスや副業人材と企業をつなぐプラットフォームとして成長してきましたが、競合の増加や市場ニーズの多様化に直面し、新たな戦略が必要となりました。
同社はその対応として、IT人材派遣・紹介事業を展開するインゲートを完全子会社化しました。このM&Aによって、従来の「案件単位のマッチング」だけでなく、「長期的な雇用ニーズ」にも応えられる体制を構築しました。クラウドワークスは自社の強みであるオンラインプラットフォームと、インゲートの人材紹介ノウハウを組み合わせ、企業と人材双方への提供価値を拡大したのです。
この事例は、中小IT企業にとっても参考になります。自社の強みを基盤に、隣接領域に事業を広げることで、既存顧客への価値を高めながら新市場を開拓できることを示しています。M&Aに限らず、提携や共同事業といった形でも応用可能です。
情報源: DawnX「日本のIT業界が抱える課題と解決策:M&A事例で見る成長への道筋」 (dawnx.co.jp)
ケーススタディ②:ユニクロのSPAモデルによる競争優位
ファーストリテイリングが展開するユニクロは、国内外で圧倒的な存在感を誇るアパレル企業です。その競争優位の源泉となっているのがSPA(Specialty store retailer of Private label Apparel)モデルです。
SPAモデルとは、製造から販売までを一貫して自社で管理する仕組みであり、ユニクロはこれにより「低価格でありながら高品質の商品」を大量かつ安定的に提供できる体制を築きました。具体的には、ヒートテックやエアリズムといった独自素材の開発や、グローバル規模での生産拠点の最適配置によって、規模の経済を活かしつつ他社との差別化を実現しています。
中小企業にとっての示唆は、「すべてを自社で内製化すること」ではなく、「バリューチェーンの中でどこを自社の強みにすべきかを選択すること」です。たとえば、地域密着型の小売業なら仕入れや顧客対応を強みに据える、製造業なら独自技術や品質保証に注力するといった形で、部分的にSPAの考え方を応用できます。
ユニクロの戦略は、大企業でなくても「強みに集中し、バリューチェーンを最適化する」ことで競争優位を確立できることを示しています。
情報源: ファーストリテイリング公式サイト「ユニクロのビジネスモデル」 (fastretailing.com)
経営戦略論を実務に活かすポイント
戦略策定から実行へ – PDCAと組織への浸透
経営戦略は策定しただけでは成果につながりません。重要なのは、戦略を実行に移し、継続的に検証し、改善していくプロセスです。
Growth Boosterが支援してきた中小企業の現場でも、戦略が浸透しない原因はしばしば「現場が目標を理解していない」「行動計画にまで落とし込まれていない」ことにあります。そこで、以下の3点を押さえることが重要です。
- 戦略を社内に共有し、共通言語化する
- 部署ごとに戦略に沿った具体的な行動計画を作る
- 評価制度に戦略目標の達成度を組み込む
これらを実践することで、戦略と日常業務の橋渡しができ、組織の方向性が一体化します。
よくある経営戦略の誤解・落とし穴
戦略策定の場面では、いくつか典型的な誤解や落とし穴があります。
- 絞り込み不足:あれもこれも取り込もうとし、結局焦点がぼやける
- 実行力不足:人材や計画が伴わず、戦略が机上の空論に終わる
- 環境変化を無視:立てた戦略を見直さず、市場の変化に取り残される
これらの課題を避けるためには、「シンプルな戦略テーマに集中する」「実行計画と人材配置を同時に考える」「定期的に戦略をレビューする」といった基本動作が欠かせません。
経営戦略論から得る学び – 学び続ける経営
経営戦略論は、固定された理論ではなく常に進化を続けています。かつて主流だった「規模の経済」や「競争優位の確立」といった考え方に加え、近年では「知識経営」「エコシステム戦略」「サステナビリティ」「生成AI」など新たな潮流が台頭しています。
経営者に求められるのは、こうした新しい考え方を継続的に学び、自社に合わせて取り入れる姿勢です。戦略論を学ぶことで、自社を俯瞰的に見つめ直し、変化する市場での位置づけを再確認することができます。
「経営戦略を立て、実行し、検証し続ける」という営みは一朝一夕には身につきません。しかし、記事内で紹介したフレームワークやチェックリストを活用することで、確実に実務に落とし込みやすくなります。戦略論は机上の理論に留まらず、学び続ける経営姿勢を持つことで企業の持続的成長に直結していきます。
まとめ – 自社に合った戦略で持続的成長を
経営戦略論は単なる理論の集積ではなく、実際の企業経営に直結する「実践の知恵」です。自社の強みと外部環境を見極め、その両者を結びつけるシナリオを描けるかどうかが、持続的な成長の鍵を握ります。
本記事で取り上げたように、戦略の基本的な考え方からフレームワーク、具体的な企業事例までを学ぶことで、経営者や経営企画担当者は自社にとって必要な意思決定の軸を得ることができます。クラウドワークスのM&Aによる事業拡張や、ユニクロのSPAモデルのように、成功する企業は自らの強みを理解し、それを最大限に活かすための戦略を選択してきました。
皆さんにとっても、経営戦略論の知見を踏まえながら「自社に合った戦略」を描くことが、変化の激しい環境で生き残り、成長していくための重要なステップとなります。
Growth Boosterは、こうした戦略立案から実行支援までを一貫してサポートしています。もし「自社の強みをどう活かせばいいのか」「次の成長の柱をどう描けばいいのか」といった課題をお持ちであれば、ぜひお気軽にご相談ください。


