事業を続けるか、それとも撤退するか――経営者にとって最も重い決断のひとつが「撤退判断」です。
撤退という言葉にはネガティブな印象がありますが、実際には 損失を最小化し、次の成長機会に資源を振り向けるための前向きな戦略 です。これが「戦略的撤退」です。
本記事では、中小企業経営者や経営企画担当者に向けて、戦略的撤退の意味と必要性、撤退ラインの決め方、組織的な意思決定の仕組み、そしてサイバーエージェントやリクルートの事例を交えた実践的なポイントを解説します。
戦略的撤退とは何か?その意味と重要性
「撤退=失敗」と考える方は少なくありません。
しかし、戦略的撤退とは「撤退することで将来の成長に必要なリソースを守り、勝てる分野に集中する選択」です。
例えば、Netflixでは、DVDレンタルから早期撤退し、動画配信に集中し世界的企業に成長しました。
一方で、パナソニックのように撤退を遅らせて巨額損失を抱えた企業もあります。
つまり「いつ撤退するか」が企業の未来を左右します。
戦略的撤退を考えるべき状況
撤退を検討すべき典型的なシチュエーションは以下の通りです。
- 業績悪化が長期化しているとき
- 市場環境の変化や競合激化で将来性が見込めないとき
- 人材・資金・時間といったリソースが逼迫しているとき
こうした状況に直面した際、事前に撤退ラインを定めていなければ「まだ頑張れるはず」という心理により判断が遅れ、傷口を広げるリスクがあります。
例えば、直近の大きな市場変化でいうと「生成AI」がありますが、この技術によって従来はうまく成り立っていた事業が代替されていく可能性があります。
それ以外にも、一つの企業では太刀打ちできない日本の人口減少によるマーケットの縮小などのマクロ的な経済トレンドの変動なども考慮して、一定基準を下回ったら撤退するという合理的な判断フローを決めることが重要です。
撤退ラインを事前に決める重要性
経営者の判断を迷わせる大きな要因が 認知的バイアス です。
特に「サンクコスト効果」によって、既に投下した資金や時間を「無駄にしたくない」と思い込み、合理的に撤退できなくなるケースが多発します。
そのためには 撤退ラインを事前に数値で決めておくこと が不可欠です。
例:
- N期連続で営業利益が赤字なら撤退
- ユニットエコノミクス(LTV÷CACで計算する、顧客あたりの利益率を計算する手法)が一定水準を超えたら撤退
- 市場成長率が前年比X%未満になったら要警戒
このように、KPIやROIをあらかじめ明文化することで、感情に流されず合理的に判断できます。
組織での意思決定を仕組み化する
戦略的撤退でよくある失敗が、社長一人の意思決定に依存してしまうことです。
特に発起人である社長は、自ら立ち上げた事業に固執しがちで、撤退を遅らせてしまう傾向があります。これは典型的な「アンチパターン」です。
このリスクを避けるには、撤退判断を 複数人で行う仕組み を最初から設計しておく必要があります。
- 3人ルール(社長+経営陣2名)
最終判断は多数決で行う。社長の思い入れに左右されにくくなる。 - 感情よりデータを優先する体制
撤退基準をKPIや利益指標で数値化し、客観的に議論する。 - 判断の透明性を確保
撤退・継続の理由を記録し、組織全体に共有することで納得感を高める。
こうした仕組みによって、組織として合理的で一貫した意思決定が可能になります。
実際とある組織では、最終的な意思決定を一人に一存していたがために、ドライに定量で意思決定をするべき事業を「損切り」することができず数年にわたって運営しているということがありました。本来であれば早いタイミングで事業をクローズして、社員リソースを他事業に振り分ける方が合理的ではありましたが、組織の仕組みを後から変えるというのは簡単なことではありません。
新しいことを始める段階で基準を明確にすることは非常に重要です。
新規事業における撤退基準 ― 企業事例から学ぶ
サイバーエージェントの「3年ルール」
サイバーエージェントでは、「3年以内に黒字化できなければ撤退」 という明確なルールを設けています。
情熱があっても、データで見て成長が見込めなければ即撤退。これによりリソースを無駄にせず、新しい挑戦に素早く切り替えることができます。
リクルートの撤退基準
リクルートは新規事業を複数同時に立ち上げ、事前に設定した指標(収益計画・KPI)を達成できなければ撤退する仕組みを採用しています。
判断は社長一人ではなく、経営企画や事業責任者を含む複数人で行い、撤退は「ポートフォリオ最適化」の一環と位置づけられています。
両社に共通するのは、撤退基準を最初から制度化し、撤退を「失敗」ではなく「学習と選択の一部」として扱っている点です。
具体的には、新規事業を段階ごとに評価し、数値基準に基づいて撤退を判断しています。
- MVPステージ:顧客ニーズの有無を徹底的に調査。対象顧客の市場規模(TAM)が基準を満たさなければ撤退。
- SEEDステージ:収益性を試算。概算段階で収益構造を描けなければ撤退(この時点で約半数が脱落)。
- プロトタイプ検証:実際にサービスを使ってもらい、設定した数値目標を下回れば撤退。撤退基準を事前に定めているため、感情に流されず判断可能。
- ALPHAステージ:本格的な市場展開でプロダクト・マーケット・フィットを検証。規模拡大で収益性が崩れる場合は撤退。
こうした仕組みによって、無駄な投資を抑えつつ有望な事業だけを次のステージに進めることができ、撤退をポジティブに活かしています。
参考記事:https://toyokeizai.net/articles/-/577974
撤退を判断するための定量指標
中小企業でも応用できる定量的な撤退基準の例は以下の通りです。
これらは、X年以内という期限とともに決めるのが一般的です。
- 利益指標:営業利益や貢献利益が一定水準を下回る場合。
- KPI未達:売上成長率、LTV、顧客数など主要KPIが目標未達のとき
- 投資回収期間:初期投資を計画通りに回収できないとき
- マーケティング指標:顧客獲得コスト(CAC)や解約率が悪化したとき
財務とマーケティングの両方を組み合わせることで、より精度の高い判断が可能です。
戦略的撤退の具体的方法
実際に撤退を決断した後は、方法の選択も重要です。
- 事業譲渡・M&A:第三者に引き継ぎ、売却益を得ながら撤退
- 資産売却:設備や在庫を売却して損失を抑える
- 解散・清算:事業や法人そのものを終了する
事業規模や状況に応じて最適な方法を選びましょう。
会社内での一つの事業であれば、3の事業撤退を行い社内リソースを再配分するのが一般的になります。その際にプロジェクト開始時およびマネジメントで「この基準を満たさなかったら撤退」というのを明確に宣言しておくことが、社員の納得感を醸成するために必要になります。
ケーススタディ:成功と失敗から学ぶ
成功例
Netflix:DVDレンタルから撤退し、動画配信に集中
参考:Netflix’s DVD-by-mail service bows out as its red-and-white envelopes make their final trip
Netflixは1998年にDVD郵送レンタルサービスを開始し、2000年代前半には急成長を遂げました。しかし、インターネットの高速化に伴い「映像配信の時代が来る」と判断し、2007年にストリーミング事業へ大きく舵を切ります。
このとき重要だったのは、DVD事業が依然として収益を生んでいた段階で撤退を決断したことです。
2010年代前半にはDVD郵送サービスの利用者は数百万人規模で残っていましたが、Netflixは段階的に縮小し、2023年には完全に終了しました。その結果、現在の売上の大部分(年間約300億ドル超)はストリーミングから生み出されています。
つまり、Netflixは「利益があるうちに撤退」することで、成長市場に経営資源を集中し、世界的な動画プラットフォームへと変貌を遂げたのです。
失敗例
パナソニック:プラズマTVに固執し撤退が遅れ損失拡大
参考:Panasonic concedes plasma TV defeat, ends production
一方、パナソニックのプラズマテレビ事業は「撤退の遅れ」が大きな損失を生んだ典型例です。
パナソニックは1990年代後半からプラズマTVに巨額投資を行い、2000年代半ばには世界シェアNo.1を獲得しました。しかし、液晶テレビの低価格化・高性能化により市場は急速に縮小。多くの競合が早期に撤退した中で、パナソニックは「プラズマの画質は優れている」という技術的自負から撤退を遅らせました。
結果、2011年にはテレビ事業全体で 7,000億円規模の巨額赤字 を計上。2013年にようやくプラズマTV生産終了を発表しましたが、決断の遅れによって財務基盤を大きく傷つける結果となりました。
これらの事例から明らかなのは、撤退のタイミングが企業の未来を決定づけるという点です。
撤退後の再起戦略
撤退はゴールではなく新しいスタートです。
- リソース再配分:解放した人材・資金を成長事業へ投資
- ピボット戦略:撤退で得た知見活かし、新規事業に転換
- マーケティング再構築:撤退時に得た市場データを活用して施策を再設計
Growth Boosterとしては、撤退の支援だけでなく 撤退後の成長ロードマップの伴走支援 が強みとなります。
まとめ ― 戦略的撤退は未来への投資
- 撤退は「失敗」ではなく「選択と集中」
- 認知的バイアスを避けるため撤退ラインを事前設定する
- 社長一人に任せず、複数人の仕組みで判断する
- サイバーエージェントやリクルートのように基準を制度化する
- 撤退後の再起戦略まで描くことで持続的成長が可能になる
戦略的撤退を恐れず、合理的かつデータドリブンな意思決定で企業の未来を切り開きましょう。


