はじめに
「自社の戦略が現場に伝わらない」「目標と施策のつながりが曖昧」——そんな悩みを解決するのが戦略マップです。戦略マップは、財務/顧客/内部プロセス/学習と成長の“4つの視点”で目標を整理し、因果関係を矢印で可視化する“戦略の地図”。
本稿では、中小企業経営者・経営企画向けに、戦略マップの意味・BSC(バランススコアカード)との違い・作り方(チェックリスト付き)・使い方(運用/PDCA)・注意点・応用例まで、実務でそのまま使える形で解説します。
戦略マップとは?BSCとの違い
1. 戦略マップの誕生と背景
戦略マップは、1990年代に米ハーバード・ビジネス・スクールのロバート・S・キャプラン教授とデビッド・P・ノートン氏によって提唱されたバランス・スコアカード(BSC)から発展した概念です。
BSCは1992年に「ハーバード・ビジネス・レビュー」で紹介され、財務指標だけでは測れない企業の価値創造を「財務・顧客・内部プロセス・学習と成長」の4つの視点で捉える枠組みとして世界中に広まりました。
しかし、初期のBSCには「KPIリストの羅列になりがち」「戦略のストーリーが伝わらない」という課題がありました。これを解決するために2001年に出版された著書 『Strategy Maps: Converting Intangible Assets into Tangible Outcomes』(邦訳『戦略マップ』)で、戦略マップの概念が提示されました。
戦略マップは、BSCを実際に活用する前段として、戦略の因果関係を一枚の図に可視化するツールとして誕生したのです。
2. 戦略マップとBSCの違い
- 戦略マップ
- 役割:戦略目標の因果関係を描く図(ストーリーを表現)
- 表現:4つの視点に沿った戦略目標を矢印でつなぐ
- フォーカス:何を達成するか/どうつながるか
- BSC(バランス・スコアカード)
- 役割:戦略目標をKPIで測定・管理する枠組み
- 表現:各目標に数値目標・施策を割り当て、進捗をモニタリング
- フォーカス:どう測るか/どれくらい進んでいるか
比喩すると、戦略マップ=地図(どこへ行くかを描く)/BSC=計器(進み具合を測る)。両者はセットで使うことで効果を発揮します。
3. 中小企業における意義
大企業では90年代から浸透してきたBSCですが、中小企業こそ戦略マップの価値は大きいと言えます。
- 財務だけでなく「顧客・業務プロセス・人材基盤」まで戦略をバランスよく見える化できる
- 限られたリソースを「どこに集中すべきか」に絞り込める
- 社長の頭の中の戦略を一枚の絵にして社員全体と共有できる
これにより、組織の一体感と実行力が高まり、持続的な成長につながります。
戦略マップの「4つの視点」と構成
- 財務の視点(最上段)
例:売上成長率・営業利益率・キャッシュ創出・コスト最適化 - 顧客の視点
例:既存顧客の満足度・新規顧客獲得数・NPS・解約率 - 内部プロセスの視点
例:リード獲得プロセス改善、受注~納品のリードタイム短縮、品質歩留まり向上 - 学習と成長(人材・基盤)の視点
例:人材育成・スキル標準、データ基盤・IT投資、カルチャー・ガバナンス
ポイント:
- まず上位(財務・顧客)に“到達したい姿”を置き、そのために必要な内部プロセス/学習と成長を下位に置きます。
- 箱(目標)を矢印でつなぎ、「だから(→)」の因果をはっきり示すと、現場が腹落ちします。
戦略マップのメリット(使い方の核心)
- 戦略の一体感:全社員が「何のために何をするか」を共有できる
- 意思決定の高速化:施策が上位目標にどう効くかが即座に見える
- KPI連動でPDCA:BSCと組み合わせて、達成度を定期レビュー→改善
- 採用・教育にも効く:新メンバーが最短で“戦略の全体像”に追いつける
戦略マップの作り方(ステップバイステップ)
想定所要時間:2~3時間/ファシリテーター1名+経営陣・現場リーダー3~6名
ステップ1:ビジョン・経営目標(財務)を定める
- 3年後の姿を一言で:例)「既存×新規の二軸で年率15%成長」
- 財務KGIを1~3つ:売上高、営業利益率、FCFなど
ステップ2:顧客価値(顧客)を言語化する
- ターゲット顧客・重要セグメント
- 提供価値(USP):品質/スピード/価格/CX 等
- 成果指標:新規獲得、継続率、LTV、NPS、解約率
ステップ3:勝つための業務プロセス(内部)を特定
- 受注前(リード→商談)/受注後(製造・開発→納品→サポート)
- ボトルネックは?自動化できる工程は?品質・歩留まりは?
- 指標例:受注までのLT、一次回答SLA、欠陥率、在庫回転日数
ステップ4:人材と基盤(学習と成長)を固める
- 重点スキル・採用・育成(例:データ分析・UI/UX・セールス)
- IT・データ基盤(例:CRM、BI、MA、データ連携)
- 組織文化・ガバナンス(例:OKR、意思決定プロセス)
ステップ5:因果でつなぐ(矢印で“だから”を可視化)
- 例:データ人材の増強→商談見極め精度UP→受注率向上→売上成長
- 矢印1本ずつ「なぜそうなる?」に答えられるかを全員で確認
ミニチェック:
□ 目標が多すぎない(各視点2~3個)
□ すべての矢印に“理由”を語れる
□ KPI(BSC)は別紙で管理(マップは“絵”、BSCは“成績表”)
よくある失敗(アンチパターン)と回避策
- 目標が多すぎる
→ 各視点2~3個に絞る。優先順位は「財務への寄与度」で決める。 - 因果が弱い/矢印が乱れる
→ 矢印ごとに「なぜ?」を問い、証拠(データ・仮説)で補強。 - KPIと目標の混同
→ マップは目的(何を達成)、BSCは指標(どう測る)。役割分担を明確に。 - 作って終わり
→ 四半期に一度、マップとBSCを同時レビュー(達成/未達の因果を検証)。 - 社長ワンマンで歪む
→ 経営者+経営陣2名の3人ルール(多数決)で意思決定。撤退基準も事前合意。
戦略マップの運用(使い方)とPDCA
- 掲示・共有:オフィスに大判掲示/社内ポータル常設。新入社員研修にも組み込み。
- レビュー会議(Quarterly):BSCのKPI実績→因果の妥当性→施策の入替・強化を議論。
- 現場への翻訳:部門別のローカル戦略マップを作り、目標と日々のタスクを結び付ける。
- データ活用:CRM・GA4・BIで指標を自動集計→ダッシュボードで見える化→学習サイクルを回す。
応用例(健康経営・人材・DX など)
- 健康経営戦略マップ:
学習と成長=健康リテラシー・制度/内部=労働生産性・欠勤・プレゼンティーズム改善/顧客=CX向上・ブランド好感/財務=生産性・収益性向上 - 人材・教育:リスキリング→プロセス改善→顧客体験改善→収益
- DX/データドリブン:データ基盤→可視化→意思決定迅速化→在庫・稼働最適化→利益率
ミニケース:社員15名の開発会社が戦略マップ+BSCで変革
地方のソフトウェア開発企業(社員15名規模)は、商工会議所の紹介でコンサル支援を受け、バランス・スコアカード(BSC)を導入しました。特徴的だったのは、戦略マップを社長・全社員・中小企業診断士がワークショップ形式で共同作成し、全員が経営戦略の因果関係を腹落ちした形で理解したことでした。
- 策定期間は約7ヶ月。
- 運用開始後は、月次ミーティングでKPI進捗を報告し、必要に応じて戦略や目標を修正する仕組みを導入。
- このプロセスにより、経営目標が現場の行動に落とし込まれ、戦略の持続的な改善サイクルが稼働しました。
ポイント
- 人数規模が小さくても戦略設計の透明性と参加度の高さが向上する。
- 戦略マップ作成が、単なる図解以上の“チーム合意を得る場”になったことも注目すべき点です。
- 月次の振り返りによる戦略の更新(PDCA)が定着し、実行力が強化された過程は非常に参考になります。
FAQ(よくある質問)
Q. 戦略マップは中小企業にも必要?
A. むしろ限られたリソースを集中投下するために有効です。全員のベクトルが揃います。
Q. 4つの視点は必須?
A. 原則おすすめ。ただし初回は3視点(財務・顧客・内部)で始め、次回から“学習と成長”を拡張でもOK。
Q. パワーポイントで十分?
A. はい。PPTやExcelで十分実用的です。運用で更新しやすいフォーマットを選びましょう。
Q. KPIはどこに書く?
A. 戦略マップは“絵”。KPIはBSC(別紙)で管理。レビュー時にセットで見るのがコツです。
チェックリスト(配布用・コピーOK)
□ 財務KGIを1~3個で定義できた
□ 顧客価値/優先セグメントを言語化できた
□ 内部プロセスのボトルネックを特定できた
□ 人材・IT基盤の打ち手が明確
□ 各視点2~3目標に絞れた
□ 矢印(因果)に“理由”を語れる
□ KPIは別紙BSCで管理
□ 四半期レビュー予定をカレンダーに入れた
まとめ
戦略マップは、戦略の物語(因果)を一枚に描くための強力なフレームワークです。BSCと組み合わせ、定期レビューで運用すれば、戦略は“絵に描いた餅”ではなく成果に直結する実行計画になります。
まずは本稿のステップとテンプレで作成し、次の四半期レビューを最初のPDCAにしてください。Growth Boosterは、中小企業の事業戦略とマーケティング実行をデータドリブンに伴走支援します。


